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TOHO INTERVIEW

【第60回】学生最後の大会で決めた100m1位 10秒の一瞬にかけ練習重ねた4年間

陸上競技部主将

伊藤慎悟さん

人間健康学部4年生

伊藤慎悟(いとう・しんご)

 愛知県江南市出身。陸上競技短距離を始めたのは中学から。至学館高校を経て2016年に愛知東邦大学に入学し陸上競技部に。学生時代最後の大会となった第66回尾張陸上競技選手権大会100mでは10秒44で優勝。インカレ出場基準となる標準記録10秒56をクリアしました。卒業後も社会人アスリートとして100mの直線勝負に挑み続けます。

 

 愛知東邦大学の陸上競技部は大学からの補助金なしのサークル団体。週3日、授業後の平和公園での合同練習が基本スタイルですが、100m選手である主将の伊藤慎悟さんは、インカレ出場を目標に練習を積み重ねてきました。目標はかないませんでしたが、「10秒の勝負にかけ、シンプルに直線を走り切ることが魅力」と語る伊藤さんに4年間を振り返ってもらいました。

――4年生最後の大会として10月に開催された第66回尾張陸上競技選手権大会100mでは見事に優勝しました。おめでとうございます。

 ありがとうございます。記録は10秒44。インカレ標準記録である10秒56もクリアすることが出来ました。ただ、残念ながら追い風が吹いていたため、公式ではなく参考記録となってしまいました。もともと、2019年の全日本インカレ陸上(第88回日本学生陸上競技対校選手権大会)はすでに9月に終わっていましたので、学生時代の目標であったインカレ出場の夢が消えた後の大会でした。それでも、4年間の学生時代を締めくくる最後の大会で、参考記録とはいえ、インカレ標準記録を突破しての優勝であり、とても嬉しかったです。2位の選手はインカレ出場選手でもあったのでなおさらでした。

――愛知東邦大学に入学した時から、インカレ出場が目的だったのですか。

 そうです。大きな大会に出るのが目標でした。インカレには、出場資格となる標準記録を突破すれば出られましたが、愛知東邦大からはまだ出場選手はいませんでした。僕は至学館高校時代も陸上部の短距離選手でしたが、進路上の迷いもあり1浪して入学しました。とりあえず大学に入れば陸上は続けられ、インカレを目指せると思ったからです。

入部した陸上競技部には4年生部員が1人いるだけで、僕が入部しなければ廃部になりそうな感じでした。でも1年生の5月に開催された第82回東海学生陸上競技対校選手権大会(東海インカレ)の男子100mでは11秒02で8位に入賞できました。7位まで全員が高校時代に全国大会を経験している選手で、僕が唯一無名選手でした。1位は3年生だった愛知医大の高橋周治選手で10秒49。高橋選手は翌年の第101回日本陸上選手権男子100m決勝に桐生祥秀、サニブラウン選手らとともに出場、医学生選手ながら100m走を究めている選手です。東海インカレでの入賞は大きな自信になりました。やはり1年生だった10月に開かれた第63回尾張陸上競技選手権大会100mも勢いで優勝しました。10秒74でした。

――陸上部の練習はどこで行っているのですか。

 現在の部員は7人。4年生は僕1人で、3年生と2年生が3人ずついます。週3日の合同練習は平和公園の坂道が中心です。授業が終わった後、他大学の学生も利用している瑞穂公園のグラウンドに集まって練習する時もあります。僕はそれだけでは物足りないので、面識はありませんが、他大学の陸上部にツイッターとかで連絡を取り練習に加えてもらったりしてきました。名古屋大学や愛知教育大の陸上部とか。愛知医大の高橋選手とも一緒に練習しました。

――個人での練習はかなりしましたか。

 4年間、陸上競技漬けに近い日々を過ごしました。授業後の練習時間をしっかり確保したかったので、2年生からは朝5時から午前9時まで、自宅から自転車で15分ほどのイオンで、開店前の食品陳列のバイトを続けました。おかげで、授業後はほぼ毎日、練習に打ち込むことができました。授業の空きが1コマの時は平和公園、2コマの時は瑞穂公園まで地下鉄で移動して練習し、練習後に授業に戻ることもありました。学生時代にもう少し、遊んでおけばよかったかなと思う時もありましたが、最後となった10月の尾張陸上競技選手権大会で優勝できたので後悔はありません。

――たった10秒で終わってしまう100m走のどこが好きなのですか。

 純粋にシンプルだからです。ひたすら全力で直線を駆け抜ける競技は、たった10秒で終わってしまう。その10秒のためにダッシュの練習を積み重ねてきました。マラソンのように走りながら自分とも戦い続けるのではなく、勝負は一瞬です。その一瞬のために努力することが僕にとってかけがえのないものです。就職が内定しているイオンには陸上競技部はありませんが、イオンの所属ということで全日本実業団陸上(全日本実業団対抗陸上競技選手権大会)も目指せそうですし、日本選手権とか大きな大会にも挑戦するつもりです。40歳を超えても走れていたらマスターズ陸上にも出たいし、僕にとって終わりのない競技だと思っています。

――人間健康学部の授業は役立ちましたか。

 4年間、短距離走の指導者はいませんでしたが、役立つ授業はたくさんありました。スポーツ指導法とかはうまく活用できたと思いますし、心理学を学んだことでメンタル的にも強くなれました。4年生では藤沢真理子先生の演習授業のまとめとして、災害発生時の避難行動のあり方についてパワーポイントにまとめて発表しました。東日本大震災被災地である岩手県釜石市が、素早い津波避難の大切さを伝えるイベントとして実施している「韋駄天(いだてん)競争」について調べました。津波で浸水した市街地から高台まで高低差26m、距離280mのコースを駆け上がる6年続いているイベントです。発表したタイトルもずばり「韋駄天競争」としました。いざという時のために、短距離を鍛えておくべきだということではなく、走って逃げることの大切さを訴えました。お年寄りや体の不自由な人たちにとっては、実際に津波が押し寄せてからでは間に合わないので、予兆の段階での行動や、そうした意識を持つことが大切だとまとめました。

――間もなく陸上競技部ともお別れですね。

 愛知東邦大学の陸上競技部はサークルであり、いわば任意団体。記録された部史は残っていませんが、開学間もなくに創部され、陸上競技が好きな学生たちによって歴史を刻んできたようです。現在の部員たちも陸上以外にボランティア活動に打ち込んだりするなど取り組む姿勢は様々です。学内では、高校時代まで陸上をやっていたという学生にも何人か会いましたので、陸上競技に興味、関心を寄せている学生はそれなりにいるのではないかと思っています。僕は間もなく卒業ですが、陸上競技部はぜひ、これからも残っていてほしいと願っています。