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TOHO INTERVIEW

【第6回】日本初「幼稚園保姆」との出会いと再会。絵手紙で自分を励まし続けた苦境の日々

教育学部子ども発達学科

古市久子教授

幼児教育学

古市久子(ふるいちひさこ)

滋賀県出身。奈良女子大学文学部教育学科卒。京都大学大学院教育学研究科修士課程教育方法学専攻修了。奈良女子大学助手、大阪教育大学講師、助教授、教授を経て愛知東邦大学教授。人間学部長、教育学部長などを歴任し、2015年から学長補佐。著書に『身体表現』(北大路書房)、『保育表現技術』(ミネルヴァ書房)。他にエッセイ集『ライフ・コンチェルト』(東方出版)など。

 教育学部の古市久子教授の教員人生には20年近いブランクがあったそうです。女性が家庭と仕事を両立させるにはまだまだ十分な環境が整ってはいなかった時代。研究への意欲が、介護と育児に疲れ果て、萎えてしまいそうな日々に絵手紙との出会いがありました。

――奈良女子大学文学部助手を退いた後、大阪教育大学の講師になるまで20年近く間がありますね。

 母校でもある奈良女子大には5年半勤務した後、2年間、カナダで暮らしました。同年齢でポスドク(博士研究員)だった夫がアルバータ州エドモントン市アルバータ大学で仕事をすることになったためです。日本で働きながら、私1人で1歳と2歳の男の子の育児は無理だと思い、家族でカナダに引っ越すことにしました。帰国すると介護に追われる日々が待っていました。寝たきりだった義父を世話していた義母が倒れたのです。途中、京都教育大学で非常勤講師など多くの大学に出向いたこともありましたが、専任教員として再就職できたのは48歳の時でした。大阪教育大学で、1989年(平成元年)に公布された音楽と造形を一緒にした「表現」領域での教員公募があったからです。講師として教壇復帰を果たし、講師、助教授、教授とてして勤務しました。

――愛知東邦大学の図書館で、先生が寄贈された『あしたのあなたへ』(春風社)という、絵手紙とエッセイの本を見つけました。

 愛知東邦大学には人間学部ができる前年(2006年)から勤務していますが、その本は大阪教育大学勤務時代の2004年に出した本です。20年近いブランクを経て職場復帰して戸惑ったのは、大学も手書きからワープロの世界になっていることでした。コンピュータのキーボードと格闘しながら、字を書けないもどかしさで大脳がうずきました。また、人間関係がうまくいかず眠れぬ夜が続く日々もありました。苦しさから逃れようと、いつしか、懸命に字を書き続けていました。 右手にけがをし、左手で書いた字が気に入り、身近な花や果実を題材に、みたままに絵も書き、左手で一言を書き込んでいきました。絵手紙ですね。「春まで待てばみんな芽が出る」「一つを失うは他の一つを得ること」「何かを得るは別の何かを失うこと」「背のびせず縮こまず等身大で」――。あげたら涙を流して喜んでくれた友人もいました。苦しんでいる人間には1枚の絵とさりげない言葉が励ましになるのでしょうね。『あしたのあなたへ』はそうした絵手紙48枚とエッセイをまとめたものです。もしかしたら、手紙は全部、私にあてたものかも知れません。あしたから自分に笑顔が増えて元気に過ごせればと願って。

――本学の地域創造研究所から出されている研究叢書(2014年3月発行の№21)で『日本人幼稚園保姆第一号豊田芙雄の教育に学ぶ』という古市先生の論文が収録されていました。

 地域創造研究所の研究に加わったことで、幼児教育について江戸時代までさかのぼって見直すことができました。研究叢書No.16(2012年1月)では、『江戸時代の育児書からみた子育て』について報告しました。No.21で扱った豊田芙雄(ふゆ)は幕末水戸藩の学者である藤田東湖の姪。日本の幼稚園教育の開拓者とも言われ、1875(明治8)年に新設された東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)の読書教員となり、付属幼稚園が開設されると保母に任命されました。官立幼稚園教諭の第1号ですね。私にとって芙雄はずっと関心を寄せていた人物で、まさに運命的な偶然での”再会”があり、論文としてまとめることができました。芙雄ら3人の保母が、園児たちと歌を歌いながら遊ぶ絵は「幼稚鳩巣戯之図」という100号の絵に描かれ、大阪市の適塾の隣にある日本では2番目に古い愛珠幼稚園に所蔵されています。

――運命的な”再会”ですか。

 愛珠幼稚園の園舎は民間幼稚園では現存する最古の木造園舎でもあり、現在は国の重要文化財に指定されていますが、私も大阪教育大学の教員時代、大阪市が重要文化財登録をめざしており、その調査にあたりました。幼児教育の研究者なら誰でもが知っている豊田芙雄が描かれている絵は調査した3000点を超す絵の中にありました。3人の保母のうちどれが芙雄なのか、調査を終えた後もずっと気になっていました。その写真は当時、研究のためには使用してよいというご許可のもとにいただいたものです。写真は額に入れて研究室に飾っています。2013年になって、私のもとにお茶の水女子大学で開催される保育フォーラムの案内状が届きました。「幼稚園の日」(11月16日)に開催されるフォーラムでは、何と芙雄のひ孫である高橋清賀子さんが講演されるというのです。会場でお会いした高橋さんは、絵の中の3人の保母のうち、手前の保母を指差し「着物の家紋で分かりましたよ」と私の疑問に答えてくださいました。

――学生たちにメッセージをお願いします。

 入学式で榊学長が、東邦学園の校訓が「真面目」であると語られたことを覚えている学生の皆さんも多いと思います。私は真面目とは、毎日をていねいに生きることだと思っています。その積み重ねが建学の精神である「真に信頼して事を任せうる人格の育成」につながるのです。毎日をていねいに生きるということは、言うは簡単ですが、なかなかできないことです。高校時代までの自分を振り返り、ともすれば自分に自信がもてないまま入学してきた学生もいれば、余裕を持って入学してきた学生もいると思います。しかし、大学生活の出発はみんな同じです。大切なのは大学生活の毎日、毎日をいかにていねいに生きるかだと思っています。  下の写真2枚は「幼稚鳩巣戯之図」の描かれた豊田芙雄と、『あしたのあなたへ』に収められている絵手紙の一部です。