【第44回】インカレ出場資格を作ってくれた大学に感謝 滑ることの楽しさ伝える指導者になりたい

フィギュアスケート部

佐藤亜夕妃さん

人間健康学部1年生

佐藤亜夕妃(さとう・あゆき)

名古屋市生まれ。幼稚園の時からスケートを始め名古屋経済大学高蔵高校時代は全国高校総体(インターハイ)にも2回出場。インカレ出場資格として所属が必要な「フィギュアスケート部」を大学側に頼んで創部してもらい一人部員に。4時限目(午後4時10分まで)が終わると、地下鉄に飛び乗り、練習のためリンクがある大須に向かう日々です。好きな食事メニューは肉。イチゴタルトも大好き。

 第90回日本学生氷上競技選手権大会(インカレ)のフィギュアスケート競技が1月4日から長野県軽井沢町で開催され、人間健康学部1年生の佐藤亜夕妃さんが出場します。フィギュア選手の全国舞台出場は愛知東邦大学では初めてです。2017年最後のTOHOインタビューは佐藤さんです。

 

――インカレですから大学選手権。「愛知東邦大学にフィギュアスケート部ってあったの?」と驚いている人が多いと思います。

 高校時代にはインターハイに出ており、大学生になったらインカレにもぜひ出たいと思っていました。出場するには大学のスケート部に所属していることが条件なので、学生課にお願いして「フィギュアスケート部」を作っていただきました。部員は私一人。部長は学生課職員の河合厚志さんが引き受けてくださいました。もちろん学内にリンクはありませんし、専門の指導者はいませんので、授業前後の時間帯に、幼いころから通っている大須の名古屋スポーツセンターで練習を続けています。

 

――インカレへの出場権を得る予選があったのですか。

 10月13~15日に大阪で開催された第11回西日本学生フィギュアスケート選手権大会(西日本インカレ)が予選にあたります。私が出場した女子6級には35人がエントリーし、本戦に出場できるのは上位9人。私は5位でした。1位が東海学園大学、3、4位が椙山女学園大学に所属する選手で、私を含めて9人中4人が愛知の大学の選手です。大学でリンクを持っている大学は中京大学や関西大学など限られていますが、リンクがない大学でも頑張っている選手がたくさんいます。

 

――6級ということですが、フィギュアスケートは何級から何級まであるのですか。

 フィギュアスケート選手のランクは初級から8級まで9段階に分かれていて、各級ごとに連盟の昇級試験があり、受かれば進級していきます。出場する大会に合った級が必要で、例えば日本選手権や世界選手権などは7級以上です。私は小学1年生で初級になり、卒業するまでに5級まで進みました。中学生時代に6級になりましたが、6級に受かるにはジャンプで2回転半を跳ばなくてはならず、ここでちょっと詰まりました。試験に落ちて「ジャンプさえ跳べればいいのにね」と同情されたこともありました。

 

――日本のフィギュアスケート界では毎年約500人がデビューするものの、半分以上は2級まででやめ、5級以上にまで上がるのは5人に1人だけというデータもあります。

 自分でもよくやめないでここまで続けて来たと思っています。なかなか6級に上がれなかった中学時代は成長期でしたから、何もしなくても体重が増えていきます。2回転跳ぶと、着氷した時に体重の4、5倍の負荷がひざにかかります。でも食べたい。コーチからは、やせなければいけないと言われます。それは分かっているのにという感じでした。でも、ここまで続けてこられたのは、やはり、滑るのが楽しいからでしょうね。大学に入って、試験期間中など、ずっと座りっ放しで勉強を続けていると、3日目くらいにはもう滑りたくて我慢できなくなります。さらに、ずっとコーチとして指導していただいている高橋裕美先生とご主人の学先生の存在です。私にとっては第2の親です。

 

――あこがれていた選手はいましたか。

 スケートを始めて間もない小学生になったばかりのころ、荒川静香さんにあこがれました。2006年のトリノオリンピックで金メダルを取った時のイナバウアーに感動したからです。荒川さんはジャンプより、表現力を重視した素晴らしい演技をされました。私もイナバウアーの真似をして何度もすっころんでいました。大須のリンクでスケートを習い始めたころは浅田真央さんたちとも一緒に滑っていましたが、真央さんがまだ優勝を重ねる前のころです。

 

――インカレでの目標は。

 西日本インカレでは5位で出場枠9に入りましたが、本戦では東日本インカレを勝ち抜いてきた選手たちも加わります。8位までが入賞なのでぜひ頑張って入賞し、私のためにフィギュアスケート部を作ってくれた愛知東邦大学の名前をアピールできればと思っています。西日本インカレでは3回もこけているので、とにかくノーミスで、3分半のフリー1本勝負に挑みたいと思います。演技曲はコーチに選んでいただいた「ラスト・オブ・モヒカン」(モヒカン族の最後)という曲です。

 

――これからどんな学生生活を送りたいですか。

 フィギュアスケートを続けていくと言っても私にとっては全日本や世界レベルは別世界だと思っています。オリンピックを目指すにしても、私より下がいっぱい育っており、年齢的にはもう厳しいです。将来はインストラクターとして教える側を目指しています。そのために、トレーナーや体力づくりの知識が学べる愛知東邦大学人間健康学部を選びました。教える側になるにしても、7級はフィギュアスケートの全ての技術について認められたという評価にもつながるので、最終的には取りたいと思っています。

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